連日三十度を超す真夏日だった。貧乏学生のぼくが住む三鷹のおんぼろアパートは、クーラーの効きがいまいちで常に暑い。 それに比べここ深大寺は、いつでも不思議と涼しさを感じさせる。それは神秘的ともいえる、内なる静けさに故のあるような気がしてならない。 緑の多いこの界隈の景色が好きで、ぼくは自転車を漕いで往復三十分の道のりを、月に幾度かやってきていた。むろん、この近くに住む美里さんと知り合ってからは、理由はそれだけではなくなってしまったのだが――。 ぼくは二年前に入学祝いとして親父に買ってもらった一眼レフを、境内に立つナンジャモンジャの木を仰ぎ見るように構えてみた。完全な夜にはまだ早いが、空は徐々に光を失いつつあるようだった。鳴き声から何匹かの蝉を探すように、ぼくはレンズの向きを動かしながらファインダーを覗いていた。 とそのとき、誰かがぼくの肩をとんとんと叩いた。振り向くと、美里さんが笑いながらぼくの頬に人差し指を立てていた。 「ちょっ、恥ずかしいからやめてくださいよ」 「だって、ぜんぜん気づかないんだもん」 美里さんは、辺りに二十数軒がひしめき合う、名物の深大寺蕎麦を食べさせる店で働いている
<第4回応募作品>「これまでのこと、これからのこと」 著者:森 香奈
1月 17th, 2009
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